このたびの大震災により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被害を受けられた皆さま、およびご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。
―未来を創造したい―
未来を時間の流れとすれば、誰彼の見境無しに皮肉にも平等にやってくる宇宙のリズムと言ってしまえる。 未来を文化の流れとすれば、知恵の結集した進化の連続、あるいは永久に続く革新とも言ってしまえる。
しかし、未来をそのようにとらえたとしても未来のイメージは平面的であって立体化しない。
宇宙のリズムに対してはただ服従するだけであり、永久に続く革新の作業に対しては的を得ない事もあってか疲れ果てるだけである。それでも未来に向かい続けているのが私達の姿だ。腹の中では『未来を創造したい』という消音された木霊の発生をみずからの消化器官で消化しながら私達はとうとうここまで来てしまった。
さて、私はアイデアを提案する。
未来とは環境である。未来創造とは環境創造である。
環境を創造したいと企てたい時、未来を創造したいとイメージした時のバクとしたイメージを脱して具体的なイメージが描き出せないか。環境を創造したいと計画した時、地球の陸地に上陸した人類が直立歩行しているイメージが描きだせないか。もしそのようにイメージ出来たならばそれは、”Reborn”再生のイメージといえる。
環境創造の実行段階に入った時、衣服をまとった人類が道具を手にして耕作しているイメージを描き出せないか?もしそのようにイメージできたならば、それは”Restructure”再構築のイメージといえる。
しかし忘れてはならない。それは先祖返りではあるが別のレイヤー、位層の違う同時点・螺旋状の同一時点である事を。そして宇宙のリズムは絶えること無く鳴り続け、永久に続く革新の労働の日々を送ることは自明の事としてあること。
そして未来はいつまでも未来として存在するであろう。人類とともに。 |